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「不幸な人を救えるのは、幸せな人だけだ。」ってのは夜回り先生の名言だが、全くそのとーりなんが、最近指導したり、中高生のサイトを回ったりしてよく分かってきた。特に同じよーな悩みを持ってる人間同士では。 自分が抱えてる悩みに似た悩みについて話をするのって、凄く強く共感する。話してると自分は独りじゃないって気がするし、聞く側は話をきいてあげられるっていーことだって感じるし。 極端なヤツになると、普段は絡まないくせにワザワザ困った人を見ると寄っていってハナシを聞いて一緒に黒いオーラをまとって落ちていく。こーなってくるともはや「助け合い」とは呼べないよな。俺はコレを「負の連鎖」と呼んでいる。下世話な例え話だけど、ビンボー人同士でクヨクヨしあっても、生活はできない。 基本的なことを忘れてないか?と言いたい。人は究極的には1人だし、自分の心を100%分かってくれるヤツなんか存在しねーし、自分の問題は最終的には自分が解決していかないといけない。 何が言いたいのかとゆーと、自分の心を癒してくれる人間と、道を示してくれる人間ってのは、別の人であるってこと。同じ悩みの人と共感して楽になれたら、そこで終わらずに困ってる自分に対して道を示してくれる人のところに行かなくてはならない。精神的には少々キツくてもね。恋人は癒してくれるけど、道を示してくれることは少ないかもしれない。先生は一緒に居ると緊張するけど、自分が進むべき道や、悩みの解決の糸口は示してくれるかもしれない。 だからね、誰か友達や同じ悩みの人に色々打ち明けて、キモチが楽になったら、その次はちゃんと道を示してくれるオトナのところに行きなさい?そーしないと、いつまでたっても抜け出せないんだぞ?そして暖かい泥の中に沈んでいくよーな負の連鎖の中で、哀しい気持ちよさの中で、緩やかに死んでいくよーな一生をおくることになる。 ソレはね、緩慢な自殺なんだ。 |
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